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2013年5月14日 (火)

韓国ギョーカイ人が語る、我らがホン・ジニョンの舞台裏。

今日はちょっと衝撃的な画像を発見です。

Hong_cd2

幻の販促用CD(非売品)をなんと全種類コンプリート!!!

しかも全てにサイン、のみならずメッセージまで書いてもらって!!!

持ち主は一体何者!?

で、画像が掲載されているブログ記事がこちらなんですが。

なんか他の画像もいろいろとすごすぎます。

それもそのはず。
この方、我らがホン・ジニョンと同い年の若い女性なんですが、

・あの「全国トップ10歌謡ショー」を中心に数々の演歌番組に関係した放送作家で、
・ご主人もKBSコンテンツ部であの「歌謡舞台」「開かれた音楽会」の制作支援をつとめ、
・夫婦揃ってチョー・ヨンピルおたくという大の演歌マニア

という、演歌番組の中身を知るバリバリのギョーカイ人。

どうりで。

で、このあいだ久々に我らがホン・ジニョンが全国Top10歌謡ショーに帰ってきたことに寄せて、
記事をアップされたという。

以下、紹介する私のコメント(斜字)を交えつつの、記事の概要です。

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・筆者は「ジニョン」と名前で呼ぶほどの仲。

・ジニョンと知り合ったのは「愛のバッテリー」でデビューした2009年のことで、担当していた全国Top10歌謡ショーに出演してきたのがきっかけ。

・ジニョンがデビュー前から、業界関係者の間では「アイドル事務所で演歌歌手のデビューを準備中らしい」という噂がたくさんあったが、それを聞いたとき「なんでアイドル会社で年増な歌手を?」と思った。当時演歌で若い歌手がデビューといっても基本が30歳だったから。

→ 先にデビューしたチャン・ユンジョンやパク・ヒョンビンも25歳あたりでヒットを飛ばしていますが、やはり例外的な感覚だったということでしょうか。それにこの2人は演歌事務所だったので、アイドル事務所から出てくるというのが一番衝撃的だったのかなあと。


・ジニョンが来た初めての日、写真をお願いした。自由奔放で強い子ではないかという予感は外れて、親切であたたかい面があって、向こうから近づいてくるようなそんな人だった。

→ 当時の各種インタビュー記事を見ても、記者は一様に「最初はクールで強そうな感じだと思ったけど、いざ話してみるととても気さくだった」とコメントしています。
当時は25歳ながらかなり大人っぽい顔立ちに作っていたので、見た目だけだと少し怖いくらいの印象だったみたいです。


・録画前の資料から同い年ということを知った私は、ジニョンにそのことを話した。放送作家はたくさんいるから、まあ覚えてはくれないだろうと思ったが、ジニョンは忘れず会うたびにうれしそうに接してくれ、意外と私たちはいい仲だった。


・私がOBS京仁TVでやっていた「トークでしょうか」。企画段階から関わっていた特別愛着のある番組で、今は終了して久しいけども、ジニョンがMCをやった。
同じOBSで作った「ベストスター歌謡ショー」でもジニョンがよくランキング1位をとって、ジニョンの会社のクォン・チャンヒョン理事から番組プロデューサーに感謝の電話がかかってきたことを思い出す(プロデューサーの隣が私の席だった)。ランキングは各種演歌チャートと出演回数などをもとに出していたので、それを合算するのが一番大変だったなあ。

→ クォン・チャンヒョン理事というのは、我らがホン・ジニョンとDavichiを引き連れてコアコンテンツメディアから独立し、そのまま新事務所の代表になるといわれていた偉い人。
結局Davichiはそのまま残っちゃって、我らがホン・ジニョンは一応キーイーストに籍を移したけども、音楽部門として本体とは別に以前と同じCCM時代のスタッフと一緒に仕事をしている・・・という状況なわけですが、この理事は今どっちの面倒をみてるんでしょうか。ひょっとしたら両方?


・いつかのTop10歌謡ショー終了後、

「ジニョン、さよなら〜」
「うん、セヨン(筆者の本名)。連絡して!」
「(期待しつつも半分冗談で)連絡先知らない!ふふふ」
「そうだ!私書くわ〜」

小さいメモ紙に一生懸命携帯番号を書いて渡してくれたのだ。「愛のバッテリー」でだんだん有名になってて、負担になっていたかもしれず、そのまま行ってしまってもよかったのに。

それから本当に私たちは直接連絡を取り合うようになった。それまで仕事をしながら「歌手と作家は厳然としたビジネスの関係でしかない」といつのまにか壁を経験していた私だったけど、なんだか仕事に対するやりがいも出てきて、さらに熱心に取り組むきっかけになった出来事だったかなとおもう。

→ ええ話や。将来国民的歌手になったときにはドラマ化決定のエピソードです。読んでるこっちまでココロがあたたまります。


・後続曲「私の愛」の発売後私にくれたサイン入りCD。「愛のバッテリー」が長く大ヒットしたからか、「私の愛」はいい曲だったのに活動期間が短かったようだ。たぶんジニョンも「愛のバッテリー」を超える新曲を選び抜くのにたくさん悩んだのではないかと思う。

「七甲山(チルガプサン)」で有名な歌手チュ・ビョンソンさんも、いつか番組で「七甲山=チュ・ビョンソン」というイメージのせいで、他に良い曲を出してもダメだったと話されていた。その愛と人気は得ではあるけれど、歌手には負担にもなるということ。

→ このあいだNHKで、石川さゆりさんがデビュー5年目でやっと「津軽海峡・冬景色」をヒットさせた直後のことを振り返ってこう言っておられました。
「ヒット曲が出るまでは、なんとか1曲ヒットさせたいと願った。ところがいざヒットすると今度は、この状況からちょっとでも下へいきたくないという思いがとても強くなった」と。

まさに今当時の石川さゆりさんと同じ状況下の我らがホン・ジニョンですが、最新曲ブギメンも、かなりあった候補曲の中からあれでもないこれでもないと慎重に取捨選択を繰り返して、やっと「これだ!」とピンときた1曲だったそうです。

その石川さゆりさん、2003年にブログ主がコンサートにいった時点で「ボツになった曲を含めると軽く2000曲は歌ってきました」とおっしゃってました。
それが、ベストアルバムに収録されコンサートで歌われるような曲でせいぜい30曲、ファン以外にも広く知られた曲となるとあの2曲となるわけで・・・あれほどの演歌の女王であっても、こんなものすごい確率なわけでして。

ちなみに「七甲山」は、韓国では超有名な民謡調の曲なんだそうです。


・事実2011年に「全国Top10歌謡ショー」制作局がTJB大田からKBC光州に移ることになりながら、ジニョンはしばらく出演がなかった。ジニョンは光州出身なのにといぶかしかった部分だった。

→この番組は2〜4年周期で制作局をローテーションし、2010年から2012年までがKBC光州放送の担当でした。我らがホン・ジニョンは2011年まではまだ散発的に出演もあったのですが、2011年10月以降は全く出演がありませんでした。


・その後TBC大邱放送に制作が移り、2013年3月に「ブギメン」が発売。光の速さでストリーミングしてダウンロードして、毎日聞いて、いつジニョンが私たちのTop10歌謡ショーに来るのか、待ちに待って。

そうするうちに、4月17日、清道の「闘牛祭り」にあわせてTop10歌謡ショーの特集収録が決まって。当日行くと先に着いていたスタッフが「ここで今ジニョンが歌っていったんだ」とたまたま私に知らせてくれた。清道郡側で同じ場所だけど全然違うイベントでジニョンにオファーを出してたんだ。

→ 当ブログでもお知らせしました闘牛祭り。ホン・ジニョンの祝賀公演のあと夜には同じ場所でTop10歌謡ショーの収録があるということで、ブログ主は絶対これで歌謡ショー復帰だわ!と喜んでいたのですが、まさかまさかのソウルとんぼ帰りのショーチャンピオン出演だったわけでして。急に始まった「我らがホン・ジニョン24時」をチェックしながらビックリしたのはいうまでもなく。


・その次の録画である5月9日のオファー名簿が出てくるころに、ジニョンのマネージャーから電話がきた。スケジュールを受けたと。その後資料を集めていたら、すぐにジニョンからメールが来た。私たちの番組のスケジュールが入ったことを聞いて、すぐに私を思い出したと。
小さなこと、些細なことかもしれないけど、どれだけありがたかったか分からない。

→ またまたええ話。送るジニョンさんもすごいけど、それにこうして感謝できるセヨンさんもまたすごい。


・5月9日の蔚山での録画当日、リハーサルが16:30、収録は第一部が19:30、第二部が20:50から。この日の出演者の中ではジニョンが最初に到着した。16時前。なんでこんなに早くと聞くと、マネージャーが「当然早く来なくちゃ。余裕をもってリハーサルも挨拶もできるから。」という。
(リハーサルの)出番になるころ、ジニョンが舞台袖で私を抱きしめながら、先にブギメンのCDを渡してくれた。私の名前と丁寧にメッセージまで入って〜もう大感激。
そこにマネージャーさんが両手いっぱいに〜スタッフにアイスコーヒーやアイスクリームを買ってきてくれた。私たちスタッフにも最高の人気!

→ マネージャー共々、現場のスタッフ想いで感動しきりだったというお話。
あの演歌の大御所、北島三郎さんはかつてテレビでこんなことを言われてました。「楽屋とかで、共演者やスタッフへの態度が優れている人が、なんだかんだで最終的には芸能界で生き残れる」と。それを体現するかのようなエピソードです。


・リハーサルが終わった後、しばらくジニョンと一緒に話をした。ところで本当に知りたいことがあるんだけど・・・と、あどけない表情で。赤ちゃんを産むときとても痛いのかと(ジニョンが聞いてきた)。
その瞬間、なんだか私は人生の先輩になったような〜ジニョンが可愛く感じられたのはなんでだろう(笑)。

ここ2週間は休みが1日もなかったと言ってた。蔚山に来た日もひどいカゼで、リハーサルのあと近くの病院で注射を打ってきた。でも、新曲の反応が良くて、充実してて、楽しいんだと・・・
本番が始まると大雨になったけど、出番を待つ時や、舞台の上で歌う時も、明るく笑ってた。そんなプロらしく耐え忍んでるジニョンが、あんなことを聞いてくるなんて、「本当に魅力的だな」と思った。


→ セヨンさんは2012年の6月に結婚され、年末にお子さんを出産されたそうで。
そうか・・・体調崩しながらも大雨の中頑張ってたんですね。韓国の各種ステージって冬場以外はとことん野外ですから、雨風の強い時はしんどいだろうし、今年の4月は韓国も寒かったろうし・・・


・スケジュールがあったおかげで、このように久しぶりに会って話も交わすことができたよ。
いつも明るい姿で全国を回って、人々に元気を与えるさわやかなバッテリー!
ジニョンの「ブギメン」がもっとたくさん愛してもらえるといいな。


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以上、なかなか語られることのなかった、舞台裏の我らがホン・ジニョンの様子。

とにかく、スタッフ共々、共演者や番組関係者をとても大事にしていて、評判も良いようです。
そういえば、公式ツイッター見てても、番組に出るたび、共演者だかスタッフだかと相互フォローが始まり、友達が増えていく様子みたいですし。

我らがホン・ジニョンの所属していたコアコンテンツメディア(CCM)という事務所、代表に「芸能人は特定のファンだけに愛されるのではなく、広く大衆に支持されることが大事」という持論というか方針があったとかなんとかで、あまりファン管理に熱心なほうではありませんでした。

例えば、他の事務所の歌手とかだと、公式ファンカフェ(私設のファンクラブですね)にちょくちょくメッセージを寄せてたり、公式サイトが充実していたり、ファンとの交流エピソードが芸能ニュースを賑わせたりします。

ところが、CCMの歌手となると、あのT-ARAですら、デビュー3年目にしてやっと公式にファンクラブ設立式を・・・みたいな感じで。

我らがホン・ジニョンも、ファンカフェは開店休業状態だったし、公式サイトは形だけだったし、ファンとの交流エピソードは聞いたことがないし。
反対に、お父様(大学教授)が「学生にサインをねだられるけど、ジニョンは知っている人にしかサインはしてくれないんだ」って言ってたりなんかして。

そんな感じなので、CCM所属の歌手たちの場合、ファンは特に事務所に対して、ちょっと物足りない部分もあるにはあったというか、
ある意味、例のT-ARA騒動ってのは、そのあたりの不満が爆発した面もあったのかなと、今では思ったりもしますけど。

しかし、今回の記事を読んで思ったのは、ファンにはそこまででもない一方で、スタッフや共演者はとても大事にしていた、またそういう教育が行き届いている事務所だったのかなとも思えてきて。
思えば、T-ARA騒動でファヨンを脱退させたとき、事務所代表が挙げていたのは、CCMのスタッフに対する態度に他のメンバーに対する態度に出演予定だった番組スタッフへの態度に・・・とにかく仕事仲間への態度の問題でした。

ここでファンに対してどうのとか世間がどうのとかいう話が出なかったため、騒動を治めるどころか火に油を注ぐ展開になってしまったわけですけど、それだけまずは関係者に迷惑をかけないことを徹底していたってことなんですよね・・・今思えば。

なんでしょう、芸能人にとってのお客様って・・・まずは熱心なファンで、次が世間で、それが全て、みたいな感覚がどうしてもあったんですけど、よくよく考えたらそれだけじゃなくて、むしろ実際に仕事をする上では、まず近くの仕事仲間と信頼関係がないとどうしようないですわ、確かに。

そう考えると、まあまずありえないとは思いますが、仮に世間のイメージがよく、ファンの前ではサービス満点だけど、仕事仲間にはやりたい放題・・・みたいな芸能人がいたとして。
それって、いわゆる「外面がいい」状態で、結局は仕事がなくなりそうです。

とはいえ、世間を敵に回せば、どんなに仕事仲間が味方になって頑張ってくれても、番組に出ようがなくなるのが芸能界です。
そのあたりのバランス感覚は必要でしょうし、そこで派手に失敗したのがT-ARA事件だったわけで。

ファンや世間が想像している以上に「いい人」だった、我らがホン・ジニョンとスタッフ。
いや、T-ARAも含め、他のCCMの皆さんもきっと同様に、現場で仕事仲間を大事にしていて、評判もいいんだと思います。思うんですが・・・
もう少しファン管理や世間へのアピールにも欲を出してくれれば、こうした面がもっと世間に伝わって、あらぬ誤解を受けるようなこともなかったのかなあ、とも思うブログ主でした。

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