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2014年4月 1日 (火)

我らがホン・ジニョン「博士号は金では買えない。なんなら数千万ウォンあげるからやってみては(笑)」

今回はこちらのインタビュー記事の全訳をお送りします。

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ホン・ジニョンが人気だ! 先月31日、ホン・ジニョンが陽川区木洞のCBS社屋に現れると、静かな報道局がざわめいた。 「こんにちは、こんにちは」、初めて見た記者たちに、満面の笑みを浮かべながら向こうから近付いてきて挨拶する美女の姿に、ほとんどの記者が笑みをこぼさずにはいられない。

ホン・ジニョンが人気だ。 彼女はかつて「安っぽさ」の代名詞だった。 唯一のヒット曲「愛のバッテリー」は、標準語である「ベトリ」よりもホン・ジニョン独特の鼻声で「パッテリ」と強調したときに精一杯の味を出すことができる歌。 この「愛のバッテリー」の発表以来、チャン・ユンジョンの後を継ぐ女性演歌歌手として注目され、ドラマ「光と影」にも出演したが、ずっと注目株のままであった。

そんなホン・ジニョンを一気に人気スターにした番組はMBC 「黄金漁場 - ラジオスター」だ。 昨年の「ラジオスター」に出演した彼女は、手強いMCを骨抜きにしてしまう愛嬌とやや短めの?タメ口でスターダムに上がった。 キム・グラに「クレイジーなトークをする」と言わしめるほど、優れた話術で視聴者たちをひきつけた彼女は、以来各種バラエティ番組で縦横無尽に活躍していたところ、MBC 「私たち結婚しました」でナムグン・ミンとペアを組んで仮想結婚にまで進出した。

それだけでなく、Mnet 「トロットX」では審査員をつとめる。 ナミエ、シム・シンなど往年の先輩スターたちを審査する場である。 負担も大きいが、「現役の若手女性演歌歌手の中では一番活発な活動をしているという立場で、幅広い世代が共感できるような放送のノウハウを伝授したい」と答えながらしっかりとした覚悟を示した。

それこそ今はホン・ジニョン全盛時代だ。 しかし、ホン・ジニョンが「人気」と言えるまでには、昨年までの無名の時代があった。 2007年にガールズグループ「スワン」でデビューしたが、グループは二ヶ月で解散した。 それこそペクチョ(=無職。韓国語で白鳥と同音)になるピンチに陥った。その後二ヶ月は遊んだ。ひと月はPCの仕様を変えてゲームにハマりこみ、もうひと月はスランプに陥った。

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しかし、生まれもったポジティブなエネルギーが、ホン・ジニョンを再び立ち上がらせた。専攻を生かし、貿易学の修士課程に進んでさらに博士号にも挑戦した。中には、ホン・ジニョンが博士号を取ったのは、父親のホン・グムオ朝鮮大学校教授の口利きのためだと疑う人もおり、 悪質な書き込み、「お金で博士号を取った」という皮肉もあったが、ひるまなかった。 ホン・ジニョンも世間の反応をよく知っている。 (彼女は悪質なコメントまですべて目を通すマメさまで備えている。)

「ハハ、私のことが苦手な人はそのように思うこともあるでしょうけど、その人たちをいちいち捕まえて説明することもできないし・・・その人たちに『数千万ウォンあげるから、それで博士号を取れるかどうか一度やってみて』と申し上げたいです。 」

事実、ホン・ジニョンが貿易学専攻だなんてと思うのは記者も同じだ。 しかし、ホン・ジニョンが貿易について深く勉強するまでには長い道のりがあった。 勉強がとても嫌いだった高校時代、修能試験を受け、かろうじて大学に入学した。それでも勉強は後回し。当時ホン・ジニョンは、とあるサイトで一日に数千人が訪問するほどの人気ネットアイドルだった。

芸能の素質がこんこんとあふれる光州美女をソウルも見逃さなかった。ある芸能事務所がホン・ジニョンをスカウトするために光州まで来た。しかし、光州で生まれ育った彼女をソウルに送る両親の心配は少なくなかった。彼女の父親は、ホン・ジニョンにある条件をつけている。二学期の奨学金を受けられれば(=成績で上位に入れれば)歌手をやらせてくれるということだった。

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「『奨学金を受けられれば、お父さんも歌手生活を支援しよう』と言ったんです。 それ以来、生まれて初めて一生懸命勉強し始めました。本当に途方もなく勉強したんです。そうして奨学金まで受けられて。どうしても歌手がしたかったから(笑)。」

しかし、無名時代は思ったより長かった。 彼女は「愛のバッテリー」でイベントまわりをしながらも休まずに父親の研究室で勉強を続けた。最初はたまたま歌手になりたくて始めた勉強だった「貿易学」という学問が目に入ってきはじめた。 特に、自分が携わっているエンターテイメントも貿易の一部として外貨を獲得することができるという点に注目した。彼女の博士論文「韓流コンテンツの海外輸出について」は、韓流コンテンツの問題点と解決策を扱って学界で「新鮮な視点」という評価を受けた。

「私の本当の夢は歌手として成功した後、後輩を養成することができるトータルマネージメント会社を立ち上げることです。博士論文を書きながら、「アイドルを海外輸出するためには、現地の特色と好みに合わせなければならない」と思いましたよ。 私のテレビでのイメージは「天然キャラ」だけど、目標があったから勉強​​も成功できたと思います。 私がお金を払って学位を取ったとまだ言う人たちは、数千万ウォン差し上げますから博士号を取れるかどうかやってみてください。 縁故では取れないのが博士号なんですよ。」 

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